Se connecter残すは決勝戦と三位決定戦のみになった。 三位決定戦。 アイギスは暗い顔で試合場に立っていた。いま相手選手が来るのを待っている。だけど本当は、優勝して一位賞品のアビリティの書が欲しかった。それはもう叶わない。(晴恋が帰ってきた時のために、強くならないといけないのに) 現実は思い通りにならない。 まだ強さが足りないんだ。 ふと観客席を眺めると、夢中になってわたあめをかじっているNPCの少女がいた。両親に付き添われており、心から嬉しそうな表情を浮かべている。底抜けに明るいその笑顔に違和感を覚えた。同じAIなのに……。 アイギスが眉尻を下げる。(どうして君はそんなに幸せそうなの?) ずるい。 ふっと風が吹いて、場外からウミの声が響いた。手を振っている。「アイちゃーん、頑張ってくださいですぅ」 右耳のイヤーカフが太陽の光をキラりと反射する。 アイギスの胸が温かくなる。あごを縦に動かしてイエスのサインを送った。 ウミちゃん。(頑張るからね) アイギスにとって、ウミの存在はこの冷たいゲーム世界を照らす一筋の灯りである。 やがて正面に、白銀のキャノンを持った男が現われた。ソフトモヒカンの髪型。裸の上に黒のチョッキを着ている。HPMPバーを見る。ニキという名前のようだ。 ニキが険しい顔つきで言い放つ。「最後だけは負けないさ」「……ふーん」 アイギスは油断無く盾を突き出して構える。 ハチマキの女性審判が拡声器を掲げて宣言した。「それではこれより三位決定戦です! 行ってみましょう! 試合開始です!」 審判員席でゴングが打ち鳴らされる。 ニキが後退して距離を取りつつキャノンを撃った。三連続で弾丸が射出される。アイギスは集中してパリイした。飛来する弾丸を大盾で弾き返す。弾丸に大盾をタイミング良くぶつけ、ニキをスタンさせる。
準決勝だった。 アイギスは目を血走らせて試合場の入場口に立っている。対戦相手は、絶対に負けられない相手、クレナイだった。お客さんのガヤガヤとした声が響いている。四月の終わりの空気は暑すぎることも冷たすぎることもなく丁度良い。 アイギスは配信ドローンを飛ばしていない。そのせいで視聴者コメントは空中に流れていなかった。 試合場に入り、アイギスは槍と大盾を構える。 目の前ではピンクスーツのクレナイがいて、左手の指にタバコの煙をくゆらせていた。彼が馬鹿にしたようにつぶやく。「ほほお、これは良い相手に巡り合ったものである。禍々しき犬のAIなのだ。よって、我が輩の拳で闇に葬り去るのであーる」「……絶対に負けない」 アイギスは歯をぎりりと噛みしめる。 ハチマキを巻いた女性審判が拡声器を掲げて宣言した。「それでは準決勝、試合開始です!!」 審判員席でゴングが打ち鳴らされる。 アイギスは右手の盾を構えた。 利き手に盾を持つことには理由がある。このゲームは相手の攻撃をタイミング良く盾で弾くことによりパリイ(相手の体勢を崩しスタンさせる)を発生させることができる。隠されたシステムであり、アイギスが気づいたのも最近のことだった。 気づいて以来、利き手に盾を持つことにしている。パリイを発生させることに全神経を集中させるためだった。 クレナイがタバコを吸って煙をぼおおと吐き出す。「犬のAIよ。主人の女はどうしたのだ?」「……話しかけるな」 アイギスは嫌そうに頬をひきつらせる。「つれないのであーる」 クレナイは短くなったタバコを捨てて靴で踏んだ。両手の拳を構える。声を紡いだ。「それでは行くぞ? 犬のAIよ」「……来い」「ふっ」 クレナイは鼻で笑った。身体を左右に振り、地面を滑るようなステップで動き出す。石畳と靴が擦れてぞおおと音が鳴った。
アイギスは危なげなく勝利を掴み取った。 カウンタースキルで敵を圧倒するような戦い方は圧巻である。敵の攻撃の全てを大盾で防ぎ、ダメージの一切を受けなかった。それぐらい彼女の戦い方は卓越している。最後、アイギスはウミに顔を向けてふわりと笑った気がした。ウミは盛大な拍手で応える。 問題は次の試合だった。 クレナイvs知らない女性プレイヤー戦。クレナイは女性の喉首を掴み、宙づりにして派手な殺人パフォーマンスを行った。「さあさあさあ、観客の皆さんは手拍子をお願いするのであーる。この腐ったゲームからの解放の瞬間を、刮目してしかと見届けるのだ! あ10! あ9! 8! 7! 654321、ゼエロォウ! ゴートゥーヘヴンなのだあぁぁああああ!」 ボキと喉の骨の砕ける音が鳴ったと思う。 女性プレイヤーの仲間の応援者たちが場外から「やめろ」と必死に叫んでいた。それはもはや悲鳴に近かった。 観客たちは口元を両手で覆ってその凄惨を眺めていた。 無惨にも地面に叩きつけられる女性プレイヤーの身体。 苦痛に歪められた顔。 HPを無くして姿が消えた。 クレナイは悪魔のように高笑する。「だあーっはっはっはっは! やってやったのであーる! 我が輩は正義の味方なのだぁあ! ウルトラマンも尊敬の眼差しなのであーる!」(それは無いだろうな) トウマは心の内で苦々しく吐き捨てた。 そして試合場からクレナイが退場する。左手にタバコの煙をくゆらせながら優雅に歩いていた。リズムを刻むように肩を揺らしている。だけど誰も拍手をしない。 呆然としていた審判が気を取り直して、第五試合の開始を告げる。 次は、トウマvsニキ。 拡声器で呼ばれて、トウマとウミは椅子から立ち上がる。 二人の肩にベルフラウが手を置いた。力強く声をかける。「二人とも、勝ちなさいよ」 ウミが振り返りニカッと笑った。尖った八重歯が覗く。「師匠、必勝です!」「任せろ」 ト
闘技祭は着々と進んでいく。 トーナメント進出者は八人しかいないので、三位決定戦を含めても試合が全部で八回しか無い。いま二試合目であり、知らないプレイヤーとニキが戦っている。ニキが試合を優勢に進めていた。 ニキが勝利すれば、トウマの次の相手はニキである。 出場者控え室テントの椅子でトウマとウミは腰掛けていた。ベルフラウは三人分のドリンクを買いに出かけている。ふと、犬の使い魔であるところのアイギスが遊びに来た。大盾と槍を背中に担いでいる。歩み寄り、ウミに右手を掲げた。「ウミちゃん、やっほ」「アイちゃん! ようこそですぅ!」 ウミは尻尾をぶんぶんと振って歓迎していた。唇を開いてチャーミングな八重歯を覗かせている。隣の椅子を勧めた。「アイちゃん、ここへどうぞ」「ありがと」 アイギスが腰かける。 二人で試合を眺めながら会話を始めた。二人分の尻尾が仲良く揺れている。 ウミには良い友達ができたようだ。昨日の前夜祭はアイギスに世話になったという。主人として、ここは礼をしなければいけないだろう。 トウマはステータス画面を開き、ベルフラウからもらったところのSランクのカレーライスカードを二枚取りだした。ウミに差し出す。「ほらウミ、友達と食え」「トウマ、ありがとうですぅ! 気が利きますぅ」「何? そのカード」 アイギスが金色のカードをちらりと見やる。 アイギスの前のテーブルにウミが金色のカードの一枚を滑らせた。「Sランクのカレーライスですよ! 師匠が作ってくれたものですぅ」「師匠って誰?」「師匠っていうのは、ご主人様の恋人で、ベルフラウって言う人ですぅ」「ベルフラウさんって人は料理ができるの?」「あ! ……え、えっと、そうなんですぅ。えっと、ご主人様?」 ウミが説明しにくそうにトウマの顔をうかがう。 料理システム情報は秘密である。 トウマは両手を胸に組んでアイ
第一試合開始前。 闘技祭会場はお客さんたちの熱気で包まれていた。がやがやと話し声が響いている。賭け事が始まっているようで、誰が勝つかという声が一段と高く聞こえた。観客席の後ろにはあの巨大なグリーンの戦車があった。砲身が長くピカピカと輝いている。呼び物としてデカデカと目立っていた。 試合場は四人の魔法使いが囲んでおり、彼らが結界を張ってくれていた。遠距離攻撃がお客さんへ飛ばないようにとの配慮だろう。 試合場の横の地面で、いまトウマはウミを叱りつけていた。「ウミ、ラヴリー天使の水着を着ろ!」「い、嫌ですぅ! あんな恥ずかしい水着を着て、お客さんたちの前に出られないです!」「何を言っているんだ! ウミ、あの水着は防御力が高いんだ! Bランクだぞ? 早く着ろ!」「ご主人様、勘弁してくださぁい! 無理なものは無理です!」「馬鹿! これは闘技祭に勝つためなんだ!」「水着を着なくても勝てれば良いです!」「水着を着た方が、勝率が上がるだろ!?」「無理なものは無理です!」:ウミちゃんいい加減にしなさい! 闘技祭は真剣勝負だよ。:ウミちゃんの水着姿! げへへへっ。:さあウミちゃん。恥ずかしい水着を着ようね。 ウミは頑なに水着を着ようとしない。トウマはやれやれと首を振った。(着せるには、どうすれば良いんだ?) やがて入場時間になり、トウマの名前が呼ばれた。彼はしぶしぶ試合場へと歩く。ウミがしかめ面をしながら着いて来た。結局、緑色のロリータ服のままである。これでは防御力が低い。 試合会場は縦横五十メートルほどの間隔を儲けられた正方形の空間だった。地面は石畳である。魔法使いたちが張っている結界以外に障害物は無かった。正面にはベルフラウが立っている。一回戦目から恋人と当たるなんて、ついてなかった。 女性の審判がいた。闘技祭係員の制服を着ており、頭にはハチマキを巻いている。彼女が拡声器を持って喋った。「それでは、闘技祭一回戦です! 行ってみましょう! トウマvsベルフラウ
円形状のフィールドだった。 端は崖になっている。崖の先は灰色の空がそびえるのみであり。フィールドの中心には、ピンク色の髪をした巨人の大悪魔が立ち上がっていた。頭には羊のような角が生えており、尻には黒い尻尾があった。黒いボンテージを着ている。その大悪魔ルーインメイデンが可愛い声を発する。「きゃりらりらーん。ルーインメイデン様のご到着ー。君たち、灯台もと暗しって言葉、知ってるぅー?」 ルーインメイデンの大音声である。彼女を囲むようにして数十名のプレイヤーが顔を向けていた。それらの表情は不安なニュアンスで揺れている。:出た、闘技祭のルーインメイデン様。:この大悪魔、可愛くて好こ。:尊い! ウミがわなわなと唇を震わせている。「トウマ、あれを倒すですか?」「分からん」 トウマは短く答えて辺りを見回す。ふと、少し離れたところからベルフラウが駆けて近づいてきた。良かった、彼女もこのフィールドへと無事にたどり着いていたようだ。「トウマ、ウミちゃん!」「師匠!」 ウミが頬にエクボを浮かべて両手を開く。 ベルフラウは近寄るなり両手の甲を腰に当てて説明した。「二人とも、ルーインメイデンの攻撃は避けるしかないわ」「そうなのか?」 トウマが尋ねる。 ベルフラウはコクコクと二度頷く。「あたしは以前にも闘技祭の予備選に参加したから知ってるけれど、ルーインメイデンは戦っても倒せないわ」 そんな話をしていた時である。 ルーインメイデンがこちらに人差し指を向けて唱えた。「きゃりらりらーん。灯台もと暗しの意味が分からない君たちは、あちきの怒りを食らえっ。ルーインウェイブ!」 ズッキューンと音が鳴った。 ルーインメイデンの人差し指から青いビームが射出されて飛来する。 ベルフラウが叫んだ。「二人とも、横に跳んで!」 言った本人もジャンプしている。トウマとウミは横に大きく跳んだ。青いビームが床に突き刺さり、けたたましい音と共に床がえぐられる。えぐられた地面が焼けついていた。 ルーインメイデンは踊るように肩を揺らして次々とプレイヤーたちに指を向ける。青いビームを立て続けに放った。「それそれそれ、灯台もと暗しだよ! ルーインメイデン様のルーインウェイブを避けられるかな!?」 青いビームが床を陥没させている。 回避に失敗してビームを食らったものは一撃死
なだらかな丘にモンスターの大軍が溢れる。ゴブリン、ゴブリンファイター、オーク、スイーパークロウ、ノーファンシープ。そして奥には、黒い体毛をした一際デカい羊モンスターが一頭いた。名前はブラックメリー、あれは中ボスだ。「むふふん。さあさあ、お祭りと行こうかしら。メイクアップ」 ベルフラウがふふんと余裕の笑みを浮かべて唱える。右手のひらに生まれる丸い手鏡。虹色の輝きが彼女の化粧のノリを上昇させた。「行くわ!」「ちょっと待て」 トウマは手を伸ばすが届かない。ベルフラウは一直線にブラックメリーへと駆けていく。 トウマは舌打ちをした。突然の急場である。せめてベルフラウには、コミュニケーショ
東の丘に来ていた。 坂を上がったところにあるなだらかな丘陵地帯。背の低い雑草が群生しており、見通しが良い。心が晴れやかになるような景色だ。さんさんと照らす太陽の日ざしの下。 そこには体毛がもさもさとしたノーファンシープが群れていた。雑草を食んでおり、のそのそと動き回っている。ノーファンシープの見た目は立派な角をした羊だ。体格が良く、あれに突進されたら痛そうである。 ドンと音がして、頭上に文字が表示される。 ――クエスト、服の素材集め トウマたち三人はパーティを組んでいた。 先頭を歩くベルフラウが立ち止まって振り返る。ふふんと息をついた。 「むふふん、弟子たちよ。いい
村の服屋。 そこは宿屋の隣の直方体の建物だった。セルティラン衣服店と書かれた看板がでかでかと出ている。ベルフラウは顔だけ振り返り、口の端に笑みをたたえる。ふふんと笑った。やはり偉そうな態度だ。「うふふん、ここよ」「はいですぅ!」 ウミが元気に右手を上げた。扉を開けて三人で入室する。 こぢんまりとした木造の室内。さぞかし多くの服が飾られているのだろうと思ったのだが、一つも無い。だけど店の奥では何かの作業の音が響いていた。 ベルフラウは迷わずカウンターのそばへと歩み寄る。女性店員に話しかけた。「ふふん、こんにちは」「はい、ここは衣服店です。服の作成をご希望ですか?」「そうよ。
あれから二日が経った。 いま、同じ場所で同じことを繰り返している。 道具屋の外の地面でトウマとウミは火剣屋をしていた。火剣屋、それはつまり、ウミのバフスキルであるフレイムウェポンを他者にかける事でお代金を頂戴するのである。 彼らの前には、長蛇とは言わないまでも列が出来ている。 ウミがプレイヤーに唱えた。 「フレイムウェポン」 お客さんの頭上に赤い剣のマークが灯る。 「お、助かった。これでクエストに行けるよ」「はい。また来てくださいね」 ウミが嬉しそうに笑顔を浮かべる。 客は100ヴァルを支払って去って行った。次に並んでいた客が前に出る。スキルクールタイム後、またウミが







